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懶惰宗他力本願寺

自らの力によらず、何かの力すなわち他力を頼み怠惰な生活と往生を願うことを要旨とする懶惰宗の本山、及び架空の宗派。

5/12

雑記

数時間前の『とと姉ちゃん』視聴時、母と私で意見の相違が見られた。

そんなことは常日頃からあるわけだが、今日は
風呂場で気づいたことがあり、記事増殖のために
整理のために書いてみることにした。

ドラマについて言及するため一応、お気を付けなされるがよろしいかと思われます。


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発端 ―『とと姉ちゃん』における現在

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↑今日グラフィックレコーディングの課題で最多得票だったのが嬉しく調子に乗り描いた図

ざっくり言えば、

  • キミコ(母)とタキコ(祖母)の仲は最悪の状態である
  • 原因はキミコが幼い頃に受けた過剰な後継者教育と支配によるもの
  • 長い時間が経ち、タキコも少しはマシになったと考えていたキミコだったが、「ツネコをキヨシの嫁に迎えたい。ツネコにとっても良い話だろ?」と言われ激怒、決別を決意

   

  • ツネコ(長女)とマリコ(次女)の学費を払うことが難しいという状況でクマイが援助を打診
  • しかしそれはクマイのポケットマネーではなくタキコの金だったんだよ!Ω ΩΩ な、なんだってー!
  • 自分だけの力でやっていきたがっているキミコは衝撃を受ける
  • キミコはタキコの元に殴り込み、援助してくんな、というかもう関わらんでくれやと告げるのだった――

相違 ―タキコから学費を受け取るべきか否か

私はここで、「どうしてキミコは学費をいらないというのか?キミコの稼ぎが現状から少し増えようが微々たるものだし、キミコの身体がぶっ壊れでもしたら収入所の話ではなくなってしまうではないか」と言った。

それに対し、私の母は「タキコからお金をもらうのはキミコの意志に反する。ここでお金をもらうと、いつまでもキミコは親離れすることができない」と返した。

その考えがまったく私には受け入れられなかったが、
なぜ受け入れられないかはハッキリその場で表現することができなかった。
というか今もごちゃごちゃだから箇条書きにしてみたい。

  • キミコの労働時間は現状でもかなり長時間となっている。内職を増やすと言っているが、寝る時間を削って内職をすると日中に従事している弁当作りに支障をきたす恐れがある
  • キミコの身体が壊れると収入はゼロになってしまい取り返しがつかない
  • そもそもタキコはキミコに対して秘密裏に学費を援助していた。つまり、「学費を援助する代わりにツネコを嫁にくれ」という要求をタキコがするとは考えにくい。また、そうした要求をした場合、道理に反しまくる行為であり正当性があるとも思えない
  • 出て行った段階でキミコは関わりを拒絶していた。しかしタキコはその意図を無視して関わりを持ってきた。つまり今後も関わってこないとも限らないため、もう勝手に援助するならしてこいというスタンスでよいのではないか?
  • そもそも子供たちのことを思って――というなら、自分の意志に反する行為でも子供たちのために我慢して学費を工面してもらうという手段も考えてよいのではないか?この手段ならば子供たちが自分のことを心配しなくて済む

まあ援助を受け入れた方がマシじゃないかねという考えだったが、
「あんたにはそういう判断ができるのかもしれないけど」という捨て台詞により
このときの会話は終了した。最近母は面倒になってくるとこの捨て台詞を使う。

しかし、この直前に言われた「私にはキミコの気持ちがわかる」という言葉に
どうも引っかかってしまい、なんでかな~と考えていたら風呂で思い出したことがあった。

想起 ―私こそがキミコだった(?)

私は去年の夏くらいの時期はまだまったく就職して社会に出ようという意志が無かった。

というかこれから何十年も人生を送っていきたいとも考えておらず、
割と早めに意図的に終わりの機会をつくってもよろしいな、病気よりいいしとか考えていた。

ああ...このまま布団の下に埋まって行って土に還りたい...
ほぼ毎日のように考えては淡々と日々を過ごしていたのである。母なる大地万歳。

そのため、だんだんと無償の「プレゼント」をもらうことに抵抗を感じ始めた。
(こんな私にお金を使わないで自分に使ってくれ、申し訳ない)
(このような金を渡して、投資されているということだろうか、それなら応えられない)
そこでお年玉や小遣いなどのイベントがあると、どうにか拒否できないかと親に訴えるようになったわけだが、

「あげたいという気持ちがあるのだから素直に受け取らないと礼儀に反する」

と言ってつっぱねられていた。

申し訳なさすぎるのだが!と何度言っても聞き入れられることは無かった。

つまり、つべこべ言わずに貰えるものは貰えということである。

当時の私は罪悪感に苛まれ、それを回避するために貰った金で買い込んだ酒に浸り、
また罪悪感に苛まれる(阿呆としか言いようがない)といったような、太宰治もかくやという生活を送る破目になった。

そうした気分が数ヶ月続いた後に自棄を起こした私の中に発生した考え方が
「くれるというなら勝手にしてくれろ、だが私がその対価を生み出さないことは御承知おきください^^;」
という非常にどうしようもないものだったのだ。

つまり、私も自分の「貰いたくない」意志に反して援助を受けるという経験をしていたのだ。
しかも皮肉なことに、出した真逆の方向性の結論が現在まで定着してしまっているため
すぐ「くれるならご勝手に」という発想にいきついてしまう。悲しいかな。


まあこんな所で、風呂でこうしたことを思い出すことができて助かった。
こんな過程があったから今こうなってるって納得できた、そんな記録。
眠いし構成もクソもないから誤字脱字酷そう。


次回の記事(未定)は就職活動の何かをなんとかしてまとめてみようと思ってるので
次回の私よ、よろしくお願いいたします。