懶惰宗他力本願寺

自らの力によらず、何かの力すなわち他力を頼み怠惰な生活と往生を願うことを要旨とする懶惰宗の本山、及び架空の宗派。

Erotic video games I've played

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遊んだアダルトゲームについて


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うっかりこのブログを読んでいる人がいたとしたら要警戒な内容を含む




































































































































2016年6月、成人という権利を酒類以外に初めて行使した。アダルトゲームを購入したのである。英語だとHentai gameあるいはErogeというらしい。Harakiri、Ninja、Umami、Hikikomori、Karoshi、Hentai、Bukkake、英語に輸出された日本語を並べてみると面白いが、Erogeは流石に予想外だった。これが日本であったか。ヤックデカルチャー。とくに記事を書く予定はなかったが、2016年はわたしにしては珍しく色々あり、もしかしたら忘れてしまうかもしれないと思ったため、ひとまず記録として残しておくことにした。

購入までの経緯

「一寸待て ハードディスクは 消したのか」という自殺防止看板があるらしい <発端>
 自分のパソコンには消すべきものがない
▸ ▸ 消すべきものがあれば将来自殺を試みた時に踏みとどまる確率が上昇する
▸ ▸ ▸ 機密情報以外に消すべきものといえばスケベなデータである
▸ ▸ ▸ ▸ そうだ、アダルトゲーム、買おう <結論>

つまりは折り畳み傘を購入する感覚でアダルトゲーム購入を決意したわけだが、まあこの文章書いてる時点で、結局見つかってもあまり恥ずかしいと思ってないし、むしろ見つけた人が恥ずかしい気持ちになってしまうのではないかと思うと申し訳ないことをしたかもしれない。ただ、アダルトゲームでしか表現できないストーリーの面白さ、というのがわかったような気がしたのはよかった。この歳になっても新鮮な感覚を得られることは単純に喜ぶべきことだと思う。だから結果的にはよかったということにしておく。

購入するに当たって、まずは情報収集から始めた。自分にアダルトゲームの情報がまったくなかったわけではないが、それは有名なシーンだとかエピソードといったような非常に断片的なものでしかなかった。しかし少し調べただけであまりにも膨大な選択肢があることがわかったため、とりあえずアダルトゲーム界における古典(的な作品)をメインターゲットにするとともに、自分にとってのNG項目を考えることにした。小説がそうであるように、古典は質が良く、かつ中古や廉価版で安価に手に入る可能性が高い。また、NG項目に抵触しそうなものを排した消去法にすることで検討範囲を狭めることができる。

回避要素

泣きゲー, 鬱ゲー
一番良い展開でも病死は避けられない、キャラクターがあまりにも酷い目に遭う展開、ひたすら可哀想で救われない展開みたいなもの。感動しようがしまいが、遊んだ後の数日間は気分が落ち込む
グロゲー
怖い。単純に苦手だし、グロテスク要素があるということはつまり酷い目に遭う展開がある
抜きゲー
性的に使用することが目的ではないため。ストーリーがないものを買っても面白くない
初見で苦手だと感じた絵柄
ストーリーが面白くても苦手な絵だと見ているのがつらい。漫画やアニメでも同じ。ただ、いわゆる萌え系の絵柄がそもそもあまり好みではないというのが致命的
過剰に変形された人体
デッサンが狂ってるとか以前に人体の造形がおかしくなっていると、動きのある絵が出てきたときに違和感が加速して気分が悪くなる
猟奇的な人物の存在
怖い。恐ろしい思いをしたくない。夜眠れなくなる。数年前、ひょんなことからマナマナ様という概念を知ってその所業に恐怖したので本気で警戒している。こういうのはwiki見ただけでお腹いっぱいになるため、主人公視点で襲われる恐怖を味わいたくない

残念なことに、少し調べて出てきた有名作品はだいたいこれらのNGに引っかかってしまった。①がとくに問題で、「作りこまれている」「非常に感動的」という感想がついているものはだいたい悲劇的な結末を迎えるため手を出しにくい。また、④ストーリーは穏やかそうだが絵が苦手すぎる、⑥遊べそうな雰囲気かなと思って見てみると上級ヤンデレが混入していたというのも多い。

そこで、検討対象を男性向けゲームだけではなく女性向けゲームに広げてみることにした。やはり名作と呼ばれるものは悲劇的な展開も多かったが、印象としては女性向けの方がまだ各NGの刺激は弱めなのではないかと感じられた。男性向けゲームの数があまりにも多すぎたというのもあり、ここで女性向けゲームにすることは決定したが、なるべくなら異なった系統のものを2,3本購入し最低限の本数でアダルトゲーム界の持つ側面をより多く見てみる、という基準で、最終的に3本のソフトを選んだ。

女性向けアダルトゲーム三銃士

『月ノ光 太陽ノ影』(2006) スタンダード枠
癖のない絵柄/高校生/リアルで汚い部分も持つ主人公/どろどろ展開
『Under The Moon』(2006) 男性向けっぽい雰囲気枠
萌え系の絵柄/異世界/悪魔/明るい性格の主人公/NG①④⑥が軽度に入っている
『花町物語』(2005) BL枠
絵の質が非常に高い/レトロ感/男娼/不遇で健気な主人公/特殊な境遇

「少なくとも一番良いエンディングはハッピーエンド」であることは最重要で、それに加えて「中古価格が3000円くらい」の条件を足したら自然と決まったような憶えがある。女性向けは中古でも5000円以上するものも多かったが、いかんせんケチなのでお試しにそこまでの金額を出す気は起こらなかった。また、結果的に3本が偶然どれも約10年前のソフトとなったが、今でも普通に遊べた。というか『花町物語』については絵が非常に綺麗で、そもそも絵がめちゃくちゃ上手いので10年後も古臭さを感じずに遊べるのではないだろうか。タイプの違うものをうまく選べたのもよかったと思う。

遊んだ後の あれやこれや

りあえず一通り手を付けてみたけど、“好物は最後にとっておく”という性格のせいで『月ノ光~』以外は中途半端な状態で中断したままになってしまっている。これに関しては好物というか、一番メインのキャラ、ストーリーの根幹に関係しそうなキャラをとっておいて最後に楽しもうというものだったが、自分がこういうことをすると途中で突然飽きが来てしまい真相がわからないという結果になりやすいことがわかった。まあ続きやろうと思った時にまたやればいい話だが。

択肢を選んで対象を狙っていくゲームだと、わたしの性格上、某ねずみの国でいかに効率的にアトラクションを周るかを全力で考える人のような精神状態になるらしい。なんというか人物を攻略するというより、そのゲーム自体を攻略しようとしてしまうのである。しかもそのチャート作成工程みたいなのをはじめのうちはノーヒントでやろうとするからやり直ししすぎて飽きてしまうのだろう。これすなわちただの馬鹿なのではないか?今度何か対象を攻略するようなゲームを遊ぶ場合は潔く攻略サイトを見るべきである。

くのプレイヤーが感じていたのではないかと思われる萌え由来の興奮、きゃっきゃ的な感情等は沸いた感じがなく、終始視聴者という感じで、その理屈はおかしいとか、その人は本当にやめておけみたいなツッコミをときどき脳内で入れていた。おそらく主人公目線になっていないからだが、思い返してみればドラマ観てるとき誰に感情移入するというより神視点で観ているということと何ら変わりなかった。「多くのプレイヤーが」というのも実際誤った認識かもしれないけど、少なくとも情報収集の段階で個人ブログの感想記事を色々と読んで得た内容の雰囲気と、自分のノリが離れているのは間違いない。『月ノ光~』の主人公は性格の好みがハッキリ分かれていて、嫌い派の中には本当に全力で叩いてる人もいたけど、そりゃ二次元における自分の分身にしようとした人物がアレじゃあ、合わない人(と同族嫌悪になる人)は苛立ちも倍増しそうだなとは思った。個人的には不倫ドラマを観ているときの面白さがあり、ファンディスクまで購入するくらいには楽しく遊んだ。

人公に声が入っていない『月ノ光~』から受ける違和感はかなり大きかった。どちらにも声がある、どちらにも声がない、は統一感があっていいんだけど、どちらかが喋ってるということに対してどうしても違和感が沸く。主人公以外の人たちで喋ってる時はまだいいが、主人公に話しかけてるシーンの全力で一人芝居してる感はすごい。だから主人公にも声があった方がいい。でもそういえば男性向けゲームも主人公無音が多かったような気がしてきたが主人公の声ってそんなに需要低いのだろうか。また何か買おうと思う時に声の有る無し調べるの面倒だったら、プレイヤーの分身が設置されていない同性同士の作品から選ぶと楽かもしれない。

体的に遊んでみた感じとしてはこれくらいだろうか。何か思い出したらまた追加して書く。基本的にわたしの遊び方としては、サッカーの主審ポジションで見ていて、時折出現する選択肢によって人々の行動を制御する神視点というのが一番近い。また、アダルトゲームといっても脳内では小説や漫画に似た枠で消化された感じがあり、つまり違和感はなかった(もちろんNGを回避したからという点は大きい)。教科書に載るような名作にだって平然とエロシーンあるし、という認識がもともとあって、ゲームにだけ目くじら立てるわけがなかっただけかもしれない。人間が考えたストーリーを追って、さらにスケベまで楽しめるとか単純にお得感あるし。とあるゲームには自分の周りにいる女性を妊娠させまくったら家系図が混沌を極めてしまったキャラクターがいるらしいが、それ源氏物語じゃん、みたいな感覚である。そう考えると、源氏物語って一夫一妻前提の世界で生活してる人間にはただでさえ馴染みづらいのに、古文で中途半端に読まされるとかかなり不親切である。

調べたものの中に(遊ぶことはたぶんないだろうけど)「(なぜか)猫耳がついてる女の子たちと甘々エロエロな生活を楽しめると思いきや、実はその猫耳は奇怪な感染症が発症している証拠であり、このままだと彼女たちが時間経過によって死に至ることは避けられない」というとんでもない設定のストーリーがあり、そんな面白い設定よく思いつくよなあとふつうに感心してしまった。こういう設定はエロ要素抜きにはできないし、シリアスまでの落差をより広げるにはどうするのか、という手段のひとつとしてひたすら馬鹿で幸福なエロを配置するというのがあるのかという発見である。人によっては癒しですらあったであろう猫耳が深刻な感染症のせいとか、半ば騙されて遊んでた人が叩き落される絶望感は半端じゃないだろうなと想像しただけでゾッとしてしまうけれども。

入履歴を確認したが、安いものから680円、1722円、2000円だった。やっす。3000円どころの話じゃなかった。そりゃ気軽に3本買うわけだ。そしてその少し後に油絵具を買い込み始めている...これはスケベを摂取した結果、イマジネーション( )が沸いたということなのでは?エロスのインプットアウトプットが試行されていたのかもしれない。エロスのインプットアウトプットってなんだよ。あ、同時期に石田ゆり子がエロめのドラマ観てたから、必ずしもアダルトゲームに起因するとも言い切れないか。でもエロめのドラマ観てるとかはそれ以前にもあったし、明らかに特異な点としてはやはりアダルトゲームしかないような気もする。今ここに「絵のモチベーション下がった場合、放置してるアダルトゲームを遊んでみることによってモチベーションが回復するかもしれない」という仮説が立った。

ダルトゲーム体験を違和感なく消化した、と書いたような気がする。その後で少しそれについて考えたが、ストーリーを作品に仕上げる段階でカットしてる部分が違うだけなんじゃないか、と認識したのだと思った。万人が接しているような小説、映画、ドラマ、アニメ、そういった作品は作品として見せようという部分がそれぞれあって、限られた時間とか枚数の中でシーンの取捨選択が行われていて、その結果アダルトゲームはエロシーンがカット“されなかった”作品である、と。そういう枠組みではアダルトゲームはふたつに分かれる。ひとつは、ストーリーの中でエロシーンも脚本の中に入っていたもの、もうひとつは、エロシーンの頻度や魅力をより高めるために前提となる設定を構築した上でストーリーを作っていくものである。わたしの購入した女性向けアダルトゲームでは、『月の光 太陽の影』が前者、『Under The Moon』『花町物語』が後者という印象があった。もちろん、どちらに優劣をつけるわけではない。それぞれにそれぞれの良さがあるだろうし、どちらが良いという気分が発生したとしたらそれはたぶん個人の好みなんじゃないかと思う。サスペンスとコメディ比べてどっちが良いかと言うことはできないのと同じである。

品の感想とかメモとか書こうと思ったんだけど、テンプレどうしようか全然決まらないためになかなか書き始められない。まあまだ3作品しかないんだし、テンプレ適当なの決まったら後から統一するでもいいかもしれないけど。基本的にこういうゲームに対する個人ブログのテンプレって、“購入報告・共通ルートに対する記事”、“攻略対象毎の記事”、“総合評価・感想”という感じなんだが、わたしの場合は誰かにゲームを紹介したいという意志はないし、攻略対象毎に書いてたら記事が増えまくって利便性下がるし、そもそもひとりのキャラに対してそこまで語ることがないから基本テンプレが合わなさすぎるのが問題である。まあ、これから遊んだゲームが増えていったら分離させるかもしれない、それでもせいぜい作品毎だろう。

人公視点でゲームの世界をとらえることができないという点について、むしろなぜ他のプレイヤーは主人公視点に入り込むことができるのか不思議だった。ひとつ思い出されたのは、たとえば女性が女優やモデルに対して「すき」「かわいい」とコメントをする際に伴なう「この人(のよう)になりたい」という意識である。まだ辛うじて女性ファッション誌を読んでいた高校生時代、“このアイテムで○○(モデル名)ちゃんになる”、“○○ちゃんメイク”などの言い回しに違和感を持ち続けていたが、わたしにはそうした「この人になりたい」という意識がないのだった。なぜなら、“○○ちゃんメイク”をした場合に実現するのは“○○ちゃんメイクをした自分”でしかないからである。○○ちゃんになるためには骨格レベルで修正が求められる。こうした意識が下地にあるため、わたしが女性に対して「すき」「かわいい」と言う時には、ただその容姿、行動、思考を観賞物としてとらえた結果出てきた感想であって、「わたしも○○ちゃんになりたい」わけではない。わたしが「○○ちゃんになりたい」と言うとするなら、○○ちゃんが恵まれた容姿によって得るメリットや置かれている立場を含めた羨望の表明であり、転生を前提としているものである。こうしたズレが、他の女性プレイヤーの感覚とわたしの感覚のズレを生んだのではないだろうか。わたしにとって女性向け恋愛ゲームの女性主人公に感情移入しようとすることは、ドラマで主人公役の石原さとみ堀北真希に感情移入しようとすることと同様の困難が生じるのである。そのため、主人公の横で同じ人を眺めていたり、二人が向かい合って話している横から口を挟みたくなったりする傍観者としての姿勢が一貫してしまうのだが、個人的にはこの遊び方で楽しく遊んでいるので悲観的な何かではない。

略対象について語ることはない、とか書いておきながら書き始めたら割と結構な量の文章になってますねこれは。語ることはないとは何だったのか。これなら作品毎に記事を分離させて、この記事にはリンクを貼ればいい。人のブログは台詞の引用が多いけど、あれってプレイ中に並行して記事書いてるってことなのか二周目やりながら記事書いてるってことなのかどっちなんだろう。雑感書きながら思い出したのが、どうして声がないと不便かって理由が「ラジオにできないから」だったんだなということだ。皆が喋ってくれると余所見できるから、ゲームやりながら別の作業やりやすいんだよね。ラジオ聴きながら受験勉強してた勢が、アダルトゲームやりながら講義資料をまとめるのも当然の流れであろう。オートにしておけば選択肢までわたしは何も操作しなくていいんだし、アダルトゲームはRPGとかストラテジーと比較しても、より作業向きだと言える。SimCityはちょっと目を離すとファーリーの鋳物工場だし、Civilizationは自分の番がくる度にちょこちょこ操作しなきゃいけないから。

『月ノ光 太陽の影』(2006) アロマリエ

藤原美希(16-17) 主人公
「評価が分かれます」と言われまくっている悲しい主人公。たぶん、“悪女です!”ってキャラだったらここまで言われなかったのではないかと思われる。美希ちゃんはあくまでも言動の幅が“ふつう”から逸脱しないため(してるかもしれないけど)、そこが「リアル」と評価される点であると同時に嫌悪される点でもあるのだろう。個人的には、キャラクターとして出てくる人物ってだいたいすごく明るいとか暗いとか、極端な性格づけされてるけど、この美希ちゃんは色々な面が“ちょっと”ある“まあまあ”あるという所が現実味を強めているんじゃないかなと思った。現実の個性はキャラクターよりも色々な側面を同居させているものだから。まあこの現実に寄せたのも「キャラとして微妙、魅力的じゃない」と言われる原因なのかもしれないが。甲斐への非難をしたり、裏切り行為したり、衝動的に非倫理的な行動をしたりすると、だいたいその後に自己嫌悪パート入ってたような印象があるし。いや、じゃあノリで行動せずに踏み止まったらいいですやんという話だけど、この誘惑に流される→やっちまったと後悔する→どうして私はこうなのと自己嫌悪する→思い悩み気分が落ち込む→誰かが慰めてくれる→誘惑に流されるの奥義を完全に自分のものにしてるからどうしようもない。というか、この美希ちゃんが「女性の汚い部分がリアルに表現された」と評価されていることの方が怖いんだけど。できるなら現実世界でこうした闇に自分が関わらないことを強く願う。個人的には美希ちゃんの身体のバランスが理想的だったし、やたら凡人みたいな文章が出てくるけど顔面かわいめだし、“ふつう”にモテるのでは?と思った。闇のモノローグ部分はあくまでも攻略対象から不可視なわけで、じゃあ表に出てる部分を見たらどうか?と考えると、“外見は中の上~上の下、D~Eカップの胸部、普段は比較的落ち着きがあるが時折感情的なワガママを言う、頭が良いわけではないが馬鹿でもないので説明すれば通じる、すごいと思えば素直にすごいと言ってくれる、性行為に対し受動的ではない”...え、こんなんふつうどころかかなり魅力的なのでは?しかも目立ちたくないタイプであるために遊び人にも見えないから、実際の倍率よりはるかに低い倍率に見えるし。なんだ美希ちゃん、完全に乙女ゲームの主人公張れる逸材だったんじゃないか...
ファンディスクプレイ中 twitter上での評価(6/19)
“こんなのお嫁さん失格だよおといいながら夫が何もかもこなす状況に甘え たまにやる気になれば確実に失敗し自己嫌悪に陥り おれがすべてやるからいいんだよと慰めさせるダメさはリアル追求路線として何も間違ってないが この人物がスナイパーとして学生生活を送るためにリアルさを失う不具合”

甲斐聡(17-18) 許婚
メインルートなので最後に遊んだが、他のルートで散々だめな奴だという印象が定着させられてきたこともあって、そこまで楽しみにしていたわけではなかった。でも実際遊んでみると単に受動的かつ供給がないと不安になる追いかけられたい体質が強すぎるタイプというだけであって、父親同士が仲良すぎて自分たちの子供を許婚にしたら嬉しくない?と勝手に謎約束をしていなければ、普通に付き合って普通にだめになって別れるだけで、ここまで変な拗れ方はしなかったという話だった。5世帯しかない村とかじゃあるまいし、現代社会で親の願望由来の許婚とかそりゃまあ不具合発生するに決まってる。とりあえず揃いも揃って表立った行動がないままひたすら疑念だけを強めていくという、誰がどう見ても終了感溢れる関係性である。ただし主人公は感情的になるとノリで行動でき、しかもそれが亭主関白なオーラを帯びているため、一瞬だけ需要と供給が一致するというか、かえって甲斐からすると中途半端な量の餌をときどき与えられまた数日間餌無しのような状況であり、それがなんか行動分析の実験で被検体になってる動物とか赤ちゃんみたいだと思った。よく「もし初デートでこんな服着てこられたら嫌ですね」みたいな感じで私服センス悪く言われてるけど、高校生にして絵で食っていけるレベルの芸術的才能持ってる人間が、バッチリ流行抑えた服装してきたら逆になんか変な感じがしないか。まあわたし自身が“整った容姿の人間は下手にお洒落しなくても無地シャツとジーパンで素材の味活かしてほしい”という思想を持っているため、主人公が一目惚れした美人顔の許婚が教室のカーテン羽織ってきましたみたいな感じで出てきてもとくに問題が出てこなかったというだけでしょうね。もしわたしが主人公の立場だったらむしろ、お洒落はこれからさせようと思えば修正できるけど、この美人を許婚として半永久的に独占できる権利を得られている現状がただありがてえとか思いそうだし。

高見智也(16-17) 幼馴染
主人公からは脳筋バカとして認識されている悲しい男。しかし一見粗野に見える言動の裏には人に対する配慮があり、そもそも明るく活発で運動神経がよいため、攻略対象の中では一番まっとうな形で女性人気を集めている人材である。にもかかわらず主人公からはまったくそのことに気づかれず、バカ枠としてぞんざいな扱いを受け、あまつさえ気持ちを打ち明けてみたら甲斐の代替品にされる、いたたまれず甲斐と向き合うことができない主人公にスケープゴートにされる等いろいろと酷い目に遭う。主人公のことを好きになってしまった時点で運が悪かったとしかいいようがないが、その苦しみに耐え、ひたすら受け皿としての姿勢を崩さず好機を伺うその忍耐力は徳川家康もかくやというレベルである。主人公の思考傾向を把握し、適当なタイミングで行動を起こす智也はおおよそバカではないし、むしろコミュニケーション能力がある人間だという印象である。ただ運は激烈に悪い。許婚関係の処理が未報告のまま智也との関係がバレてしまうという展開では、報連相ちゃんとしておけとあれほど言ったではないかという感じだったが、親も親で感情が走りすぎてめちゃくちゃになり、もうどうしようもないから駆け落ちしましょうぜという危機的状況で突如教室で始まってしまうシーンはかなりよかった。そのため、主人公が“あっ門限あるんでこの辺で”と終了させてきたときは「わたしがまだ観てる途中でしょうが」感があった。

遊佐拓海(26) 智也のバイト先の先輩

周藤信彦(32) 担任教師
リアル路線のストーリーの中で唯一別ゲー展開を繰り広げんとする人物。成熟した大人の男として描写されているのだが、明らかにどの攻略対象よりも主人公の手に追えなさそうなヤバさを持っている男である。周藤ルートに乗った主人公の脳内からは甲斐の存在が急速に薄れていくため、周藤と交際するようになってからは赤瀬広美という教育実習生との三角関係(にすらなっていない)という閉鎖的な関係性でストーリーが進行していった。序盤の周藤に対する主人公の謎の積極性は学年主任に報告されてもおかしくないレベルの挙動不審さだったのだが、いざ周藤がその気になってみれば周藤自身が変態だったのでお似合いの二人である。主人公も落とすまでにガンガン押してたから後にも引けないという。周藤は俺のことはやめとけマジでやめとけみたいなこと言っててそれ謙遜じゃなくただの事実だったんだけど、主人公は大丈夫いけるいける的なノリだったし仕方ない。あれ?でも、堅物ガードしてる人間を押せ押せで落としてみたら想定外の変態で押されまくる、って男女逆転させると割とありそうな展開に思えてきた、というかそれ結構ロマン展開として描かれてそう。主人公はといえば、さすがにこんなのあり得ないとかドン引きしてたが。周藤が赤瀬問題を放置してたのも、周藤自身にとって赤瀬が眼中に無さすぎたからで、ただ主人公と赤瀬が不毛なやりとりをしていただけだったし。赤瀬がやたら主人公に対して「こんな普通の女のどこがいいんだか」的なことを言うが、赤瀬も赤瀬でまず高校に真っ赤な紅引いてくるみたいなセンス修正したほうがいい。主人公がやたら赤瀬の言葉に動揺するのも変な感じだった。主人公が「昨日周藤先生の車の助手席に乗せて貰いましたわ~」「あなたとの関係がバレて困るのは先生なのよ~」みたいな雑な煽りされる度に、“「周藤先生からバイブを挿入したまま授業を受けさせられてその後空き教室で淫行させられたんですけど、こういう教員が今更生徒と交際してることがバレた程度で困るとお思いですか?校長に報告してもたぶん赤瀬さんのことは片思い拗らせたみたいな処理されて終わりですよ」くらい言ったれ!今だ美希ちゃんやれ!”とか脳内野次飛ばしてたけど当然主人公には伝わらなかった。ので、もう二人ですきにやってて...エロシーンになったら起こして...と思考放棄してただ眺めていた。

藤原一輝(15-16) 
実は義弟だったんだよ(定番)という展開。姉のことを思って、どうしようもない甲斐に対し“最低なクソ野郎(意訳)”と率直な評価を下すのだが、その姉もなかなかどうしようもないため相談に真剣に乗った意味が薄れてしまう悲しい男である。というかこれ主人公に恋愛感情なくてもだいたいの人が“そいつはもうやめとけ”と思うような状況なんだけど。面白かったのは、一輝が煮え切らない姉に痺れを切らし行動に出たことにより、弟の気持ちを無視しきれないと判断した主人公が逆ギレのような形で積極性を見せていく部分。しかしノリで行動してしまった主人公に次に襲い掛かる親バレの恐怖。楽しいですね。いやもっと考えてから行動しろと思うが、不倫的展開の起点はノリ任せの行動であることが多く、やらかしては悩み、一瞬の安らぎを求めた結果再びやらかすみたいな王道感があった。智也は犠牲になったのだ...

片桐涼子 親友
ぼくのかんがえたさいきょうのしんゆう。美人かつ聡明であり、どうしようもない主人公の味方を(なぜか)し続けてくれる女神。涼子ENDでは男はもうやめにしてずっと二人でいましょうという感じだったが、涼子が性的な意味も含めていようがいまいが、この主人公の流されやすさと涼子の頭脳から繰り出される行動が合致するため最も長期的平和が見込まれるENDである。